大判例

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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)1260号 判決

控訴人 大成電気株式会社

右訴訟代理人弁護士 中井秀之

被控訴人 滝野川信用金庫

右訴訟代理人弁護士 今井甚之亟

同 荒井秀夫

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は第一次的請求に関する控訴の趣旨として「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金一、〇〇〇万円およびこれに対する昭和四二年九月一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を、第二次的請求に関する控訴の趣旨として「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金一三一万五、一〇〇円およびこれに対する昭和四二年九月一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述および証拠の関係は、左記に付加するほかは原判決事実摘示のとおりである(但し原判決二丁裏末行の「二六日」を「二八日」と改め、一〇丁裏五行目の「被告が」の次に「鳥羽商会名義で」を加え、同末行の「高橋に」を「原告(控訴人)に」と改め、一二丁表五行目の「誤りはない。」の次に「その際高市が高橋に手形交換所規則を示したことは認める。」を加え、同六行目の「同日」を「同月二六日」と、一六丁表末行の「高橋に」を「被告(被控訴人)に」とそれぞれ改める。)から、これを引用する。

(控訴代理人の付加陳述)

第一次請求については、要するに、既述のように被控訴人の職員高市が買戻期限につき誤った教示をなした過失によって控訴人は銀行取引停止処分を受け倒産を余儀なくされたものと認めるのが相当であって、高市の右過失と本件赤紙掲載との間に相当因果関係が存することは明らかというべく、その経緯の詳細については原判決事実摘示中第一次請求に関する請求原因に記載のとおりである。

また第二次請求については、要するに、被控訴人の職員田中が控訴人代表者高橋に対し鳥羽商会の手形割引枠を利用して融資するかのように装い、高橋を偽罔して本件第三手形を騙取し、又は田中が手形割引のため業務上保管中の本件第三手形につき被控訴人において手形割引の拒絶があったにも拘らずこれを高橋に返還することなくほしいままに被控訴人をして鳥羽商会のために割引せしめたものであって、右はいずれも被控訴人の職員田中がその職務の執行につきなした不法行為であるから、使用者である被控訴人は右不法行為により控訴人が蒙った損害を賠償する責を免れないものというべく、その経緯の詳細については原判決事実摘示中第二次請求に関する請求原因として記載されているとおりである。

(被控訴代理人の付加陳述)

控訴人は高市がなした誤った教示と控訴人に対する銀行取引停止処分との間に相当因果関係があると主張するけれども、控訴人は昭和四二年三月頃資金欠乏のため約金一、五〇〇万円にも及ぶ不渡手形を出したことがあり、その頃数十回にわたり手形買戻を経験しているいわば手形買戻手続の精通者であるから、たまたま被控訴人の職員高市が買戻時限に関し誤った説明をしたことがあるとしても、かかる買戻手続に精通している控訴人がこれをたやすく鵜呑みにして誤信するとはとうてい考えられない。控訴人は昭和四二年八月二六日鳥羽商会から資金不足のため金七三万円の手形買戻ができない旨の連絡を受けながら、被控訴人の同日の営業時限内に現金を持参することもせず、しかも小切手による便宜扱を期待していたというが如きは、不渡手形買戻等の実務常識を逸脱した控訴人の憶断に基づくものというほかはない。なお右営業時限につき付言するのに、同日は土曜日のため被控訴人赤羽支店においては正午をもって営業を締切るべきところ、手形関係については内部において持出手形の整理集計事務等が行われている関係上午後〇時四〇分頃までに手形買戻の申出があれば事実上間に合うというに過ぎず(しかもかような営業時限を過ぎてからの買戻の申出を許容するかどうかも結局被控訴人の好意的取扱に属するわけである。)、同日午後二時頃を過ぎてからたとい現金を持参して買戻の申出がなされたとしても手形交換事務の時間的制約上とうてい手形の買戻は間に合う筈がないのである。

次に控訴人は、第二次請求につき、被控訴人の職員田中が第三手形の一部を鳥羽商会のために割引くとともに残余の手形を鳥羽商会に返還してこれを高橋に返還しなかったことをもって、田中がその職務の執行についてなした不法行為であると主張するが、右主張はなんら根拠のないものというべきである。すなわち、昭和四二年八月三〇日、鳥羽商会の代表者鳥羽良雄は被控訴人の赤羽支店を訪れ、鳥羽商会の裏書のある本件第三手形を田中に交付して手形割引を依頼したので、赤羽支店は右割引申込に基づきこれを本店の稟議に付したが否決された。次いで翌三一日再び鳥羽商会からなされたあらたな割引申込手続に基づき右第三手形のうち原判決添付別紙手形目録6ないし8の手形を除く同1ないし5の手形が割引かれ、右6ないし8の手形は鳥羽商会に返還された。かように被控訴人は鳥羽商会からの手形割引の申込を受けるとともにその割引のために鳥羽商会の裏書のある手形の交付を受けたものである以上、鳥羽商会のために手形の割引手続をなすこと、および右稟議の結果割引が否定された分の手形は鳥羽商会に返還すること等は当然のことであって、たとい第三手形の割引の目的が第二手形の不渡による取引停止処分を免れるための異議申立提供金の資金に利用する等の事情があるとしても、これは控訴人と鳥羽商会との間の内部関係に過ぎず、本件第三手形のうち前記6ないし8の手形を鳥羽商会に返還しその余の手形を鳥羽商会のために割引いたことにつき被控訴人の赤羽支店のとった上記措置にはなんらの違法も存しない。

(証拠関係)〈省略〉

理由

一、当裁判所は、当審におけるあらたな証拠を参酌するもなお原審と同じく控訴人の本件第一次請求および第二次請求はいずれも失当であると判断するものであるが、その理由は左記に付加するほかは原判決の理由説示(但し原判決二〇丁表九行目の「ので」から末行の「至った」までを削除する。)と同一であるから、これを引用する。

(一)既述のように控訴人は、昭和四二年四月以降八月までの間三九通にも及ぶ不渡手形を頻発してきたが、その都度買戻によりかろうじて銀行取引停止処分を免れてきたものであり、そのほとんどの融通手形の買戻は不渡返還後における被融通者の資金調達による買戻にたよってきたものであるにせよ、控訴人が右時期に上記のごとく不渡手形を頻発しながら結局買戻によりかろうじて取引停止処分を免れ、電気工事請負、電気製品販売等の営業を維持してきたという事実に徴すると、交換日の翌日の営業時限までに買戻をした場合には不渡報告(赤紙)への掲載は行なわないとの東京手形交換所における昭和四〇年四月一日改正実施(社団法人東京銀行協会の社員総会決議による。)後の不渡手形買戻に関する取扱いを熟知していたものと推認するのが相当である。とすれば、本件第一手形の不渡の際たまたま被控訴人の赤羽支店の職員高市が右に関し不正確な説明をしたからといって、そのために控訴人が買戻期限を誤り右期限を徒過したものとはとうてい認め難いのみならず、買戻期限である昭和四二年八月二六日当時の控訴人の買戻資金調達能力を勘案すれば、むしろ控訴人は被控訴人の赤羽支店の同日の営業時限内に資金調達ができず買戻をなし得なかったため東京手形交換所交換規則に定められている不渡報告(赤紙)への掲載に立ちいたることは必至の状況にあったものというべきであるから、高市の過失と本件赤紙掲載との間には相当因果関係は存しないものといわなければならない。

(二)控訴人は、交換日の翌日である昭和四二年八月二六日(土曜日)の午後鳥羽良雄が本件第一手形の買戻を求めたにも拘らず被控訴人の赤羽支店は不当に拒絶したかのように主張するが、原審証人高市博司の証言によると、同支店における同日の一般の営業は午後〇時までとされており、右時刻に同支店のシヤツターがおろされて通常の営業は終了すること、もっとも手形交換に関する業務については、引続き内部において持出手形、買戻手形等の整理集計等の事務が〇時四〇分頃までの間に処理される関係上、その時刻頃までに手形の買戻があれば事実上右集計等に追加する処置が可能であるとしても、同支店で集計等の作業が終了した後は直ちに被控訴人の本部に各支店の右関係書類が集められて整理の上午後二時頃には全国信用金庫連合会北出張所を経て右連合会本部に送付されるという手形交換業務における事務処理体制が確立していることが認められるから、被控訴人の赤羽支店における同日の営業時限を過ぎ被控訴人の手を離れて後に同支店に手形買戻を要請したとしても前記交換規則に定める不渡報告(赤紙)への掲載を免れることはできないものというべきところ、控訴人が同日買戻資金を添えて買戻の申出をしたことを認めるに足りる証拠はなく、既述のように鳥羽良雄が同支店を訪れて本件第一手形の買戻を要請したのは同日午後三時頃であるから、これに応じなかった同支店の措置につき控訴人主張のごとき違法は存しないというべきである。

(三)控訴人は、被控訴人が控訴人の手形割引申込を拒絶したにも拘らず被控訴人の職員田中は本件第三手形を控訴人に返還せず、これを鳥羽商会のために手形割引をして控訴人に対する同手形の返還を不能にしたのはその職務の執行についてなした不法行為である旨主張するので按ずるに、原審証人小山俊幸、同田中和男(第一、二回)の証言により真正に成立したものと認められる乙第八および第九号証の一、二、右各証言に当審証人鳥羽千鶴子、同田中和男の各証言を総合すると次の事実を認めることができる。

(1)既述のように、控訴人は第二手形の満期に同手形金の支払ができなかったので、同手形の不渡による取引停止処分を免れる便法として、実際には預金不足の不渡事由に該当するものを信用に関しない契約不履行の事由にあたるものとしての異議申立に要する提供金の資金を調達するため、鳥羽商会(控訴人は被控訴人との間に取引がないため控訴人は手形割引の申込ができなかった。)が申込者となって被控訴人の赤羽支店に対し手形割引の申込をすることとなり、鳥羽商会から本件第三手形の手形割引の申込を受けた同支店は鳥羽商会からその裏書のある本件第三手形を受け取った。第三手形の割引申込人が鳥羽商会であって控訴人ではないことは、被控訴人の本部において稟議に付された昭和四二年八月三〇日決裁にかかる手形割引申込書(稟議番号四二―四三四号)の記載に徴しても明らかである。

(2)かくて、鳥羽商会からなされた右手形割引申込に基づき、被控訴人の赤羽支店は翌三一日の落込み分も見込んだ見込割引とすることとしてこれを被控訴人の本部審査係に送付したところ、審査の結果従来からの取引の経緯等にてらし落込見込等も検討された結果鳥羽商会のため割引をすべき限度枠を超えるものとされ、本件のごとき見込み割引は避けるべきものとの審査所見が付されて割引は否決された。

(3)かように右の手形割引が否決されたことは鳥羽商会の代表者鳥羽良雄に知らされたが、翌三一日にいたり再び鳥羽良雄は赤羽支店を訪れ、本件第三手形のうち原判決添付別紙手形目録6ないし8の三通の手形を除外した1ないし5の五通の手形に他の二通の手形を追加したうえ鳥羽商会からあらたに手形割引の申込をした。この割引申込人も鳥羽商会であって控訴人でないことは被控訴人の本部において禀議に付された同年同月三一日決裁にかかる手形割引申込書(稟議番号四二―四四二号)の記載に徴しても疑いをいれないところである。

(4)右赤羽支店では前記のように除外した上記6ないし8の三通の手形を鳥羽良雄に返還するとともに、上記1ないし5の五通の手形は同支店の店頭で一旦鳥羽商会に返還後直ちにあらたな割引申込に基づきこれを受取ったものとして取扱い、追加された前記二通の手形を添えて稟議のため関係書類とともに本部審査係に送付し、審査の結果前記二通の手形のうち一通と上記1ないし5の五通の手形につき割引がなされることに決定し、同支店では割引のできなかった一通(追加された二通のうちの一通)を鳥羽商会に返還した。

叙上の認定を左右するに足りる証拠はない。

とすると、被控訴人の赤羽支店の職員が本件第三手形のうち前記6ないし8の三通の手形等を右割引申込人である鳥羽商会に返還し同1ないし5の五通の手形の割引をした処置について結局なんらの違法も存しないことは明らかであるから、控訴人の第二次請求は失当といわなければならない。

二、以上の次第であって、控訴人の第一次請求および第二次請求を失当として棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 瀬戸正二 裁判官 小堀勇 青山達)

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